手術や処置が適応する人はそう多くないと考えられる人たちですが、それが急にふえています。


医療費の問題はここでさて措くとして・・・


とくに農村部では、外来診療の増加よりも、福祉施設への入所というよりも、総合病院や専門病院への入院がめだちます。


短かい在院で帰宅し、以前と同じように、デイサービスなどの在宅でケアされ、通所し、リハビリテーションをうけたり生活指導をうけたりするのだとよいですが・・・


事実は逆に、長い入院に向いそうです。


難病患者についても、大学病院や専門病院をいくつか転院した例が報告されています。

施設に収容されている子も多いですが、この子らと親や地域社会との結びつきは、収容それ自体でかなり弱いものになっていることはいうまでもありません。


在宅ケアやデイサービスが基本であって、どうしてもそれができない場合だけの入所に留めたいものです。


親との愛情の交流のこともあります。


家庭と地域社会(近隣)と施設(通所)との間を行ききすることでこそ得られる、さまざまのメリットがあります。


現在、いくつかの地方自治体(とくに県レベル)で、重症心身障害者(児)への医療の公費負担が新たに制度化されています。


もともと、この人たちも、社会保険の被保険者本入と同じように、保険給付を10割うけてよいはずですが、現実には一部負担をしなければなりません。


・・・その負担を軽減する公費負担自体は推奨すべきことだが、現実には、少し別の動きが出ています。


つまり、急速な入院の増加です。

はっきりいって、国も地方自治体も、企業も健康保険組合も、保健所も社協も、事の重大さに気づいていません。


少しは気づいていても、行動面での対策は微々たるものです。


老人医療も、ただ臨床検査をして投薬注射で済むものではないのです。


こういった患者をつくらないこと、中毒になったら早くリハビリテーションの手をうち、社会復帰に全力をそそぐことを援助する制度であるべきです。


アルコール中毒などとちがって、原因不明で効果的な予防の手をうちようがない疾患群が古くからあります。


さいきんは、脳性小児まひの子らで、通所・通園できる子が、東京都その他で、かなり増えています。


この子らのばあい、最も身近かなところでのデイサービスと教育とが求められています。

福祉は、アル中患者の生活保護や医療扶助の「申請屋」ではありません。


やはり、デイサービスや行政各機関と連携して、予防の仕事をうけもたねばなりません。


低所得者、出かせぎ労働者、半失業者などに「アルコール中毒予備軍」が多いですね。


これらハイリスクの人たちと接触の多い福祉事務所スタッフと社会福祉協議会への期待は大きいものです。


高齢者のアルコール中毒患者は、このまま対策や活動を強化せずに進むと、日本も北欧やロシアのように、老人10人に1人もしくは2人となるかも知れません


どうしても治癒の見込もなくそして社会復帰できないたくさんのアル中老人のことを想像してみてください。


家族からも見放なされ、住むべき家も売り払い、施設を転々とするアル中患者老人をひきうけ援助するのは福祉分野です。


このニードは、いまのままだと、徐々に増加する気配です。

壁の破れたところから吹雪が舞い落ち、老人は首にまいたタオルで鼻をふいています。


「わあ、おじいちゃん。寒いでしょう。せめてあの壁の破れたところへ板でも打ちつけたらどうかしら」


・・・と声をかけると、「寒いことくらい3つの時から知っとるわい」とどなられました。


ごみと埃がたまり、汚れた衣類がぶらぶら下げてあるところから異臭がただよい・・・


何から手をつけてよいやら、立ちつくしたまま、しばらく言葉が出ませんでした。


「おじいちゃん、食事はどうしているの」


「これさえあれば何もいらんわい」


・・・と一升びんをさしあげて見せました。


ご飯が食べたくなれば飲み、お茶をほしくなれば飲み、酒で命をつないでいるとしか思えません。


近所の人とのつきあいもなく、以前民生委員さんがたまりかね、毛布を買ってもっていったところ・・・


「頼みもせんのに、こんなものいらんわい」


・・・と受けとってくださらないので、福祉センターからの寄贈だといったところ、あとでセンターへ達筆の礼状が届き、わたしたちは驚いたこともあります。

最近訪問するようになった老人Eさんも頑固というか・・・


その仙人のような生活ぶりは、とても普通では理解できないものでした。


水道も電気も便所もない、もちろん電気製品は何ひとつありません。


デイサービスも利用してないとのこと。


台所の部分は屋根が落ちてしまい居間の壁さえとれてしまって空がみえます。


玄関に板をうちつけ、それいちめんに漢文でぎっしり何やら書いてあります。


はじめて訪問した日は1月下旬の雪のふる寒い日でした。


玄関を開けて中へ入ったわたしは、その異様な光景に呆然としました。


空の一升びんと古新聞の山の中に、ふとんの抜き綿を敷いて、その中に足を入れうずくまっています。


・・・もちろん、こたつもあんかもありません。

福祉事務所のケースワーカーも、老女の気持ちを傷つけないように施設への入所をすすめましたが・・・


とうとう承諾しませんでした。


結局、老朽化していたんでいる部分を補修してもらいましたが、それからの老女は


「あんたが役場へしゃべったから、こんなことになったんや。わたしはとのお寺が潰れたらその時いっしょに死ねたらそれで本望や」


・・・と恨みをいわれました。


しかし、お寺が潰れて、その下敷になれば本人は本当に幸せなのでしょうか。


わたしたちヘルパーやデイサービスは「ハイそうですか」とただみているだけでよいのでしょうか。


もし、そのような事がおきたら大きな社会問題だと思います。


そして、この人のように、頑固なご老人を、いつどのように説得して、安全で快適な還境へ送りとどけたらよいのか、悩んでいます。

山間の荒れ寺に住むM老女。


彼女は、戦前は金沢の中学校で美術の先生をしでいる方の奥さんでした。


戦後食糧難と夫の退職で現在のお寺に住むようになりました。


・・以来30年、ご主人もお寺の住職も亡くなり、老女ひとりが留守番がわりとして寺の一隅に生活しています。


毎年冬になると寺院の老朽化が問題になり、その都度老人ホームへの入所をすすめていますが、老女は頑として首をタテにふらない。


2匹の犬、6匹の猫を飼っているので、それらと別れるのが辛いのか、住みなれた地を去りがたいのか、この話になると固く口をつぐんで返事をしないのです。


せめてデイサービスだけでも利用できればいいのですが・・・・


頭はとてもしっかりしていますが、腰がひどく曲り、住んでいるお寺の中2階の階段を踏みはずして転がりおち、顔中はれあがったこともありました。

入浴時間は5分くらいが適当であると教えられましたが・・・


何年ぶりかで入浴をたのしむ老人は、「もう少し、もう少し」となかなか上がりたがりません。


そのあいだも看護婦さんは時どき脈をとり、万全を期しておられます。


その後、入浴車の評判は高まり、わたしの町でも25人の患者さんが入浴をさせていただきました。


ねたきりになってねがえりひとつ思うにまかせぬ人たちの唯一のたのしみは、月一回の入浴のその一瞬にあるようです。


ものもいえず、身動きもできない患者も「おじいちゃん、入浴よ」と声をかけると、何ともいえないよろこびを顔いっぱいにあらわします。

もう少し自分で動ける人たちはデイサービスで頻繁に入浴できるのですが・・・。


そして入浴後は、満足感と安堵でその顔は仏様のようになごみます。


炎天下の入浴はもう汗だく。


1日3回の入浴にわたしたちは大汗をながします。


また、冬は雪のため車が溝に落ちたり故障したりで、仕事につくまでがたいへんです。


こうして、患者さんとわたしたちは親子以上の信頼に結ばれ、2年半を経過しました。


そのあいだに余病を併発したり、再発したりで、不幸にも亡くなられた老人は11名になりますが・・・


「入浴車のみなさんの御恩は死んでも忘れない」と感謝され、なかには形見を残してくださったり、新聞紙上へ感謝の詩を載せてくださったり・・・


命の灯火のつきるときなお、走馬灯のように入浴のたのしかったことを偲んでいたことをきき、懐かしく思い出されます。


今日からブログをはじめます。


タイトル通り、ここでは主に介護やデイサービスについて・・・


あとは気になった社会福祉のニュースについて書いていこうと思います。


どうぞよろしくお願いいたします。


さて、この間、わたしの町の第一号車を巡回させ、入浴させることになりました。


慎重でテキパキとした専任看護婦さんの行動と度胸のよさは、永年病人をあつかってきた方ならではのもめで・・・


いっしょに仕事をさせていただきながら、いつも感心させられます。


ねたきり老人の寝床のそばまで浴槽を運び、瞬間湯沸し器よりお湯が送られてくるまでのあいだ、看護婦は患者の血圧、脈搏の測定をされ・・・


そのときの病状が入浴にさしさわりのないものかどうか確認されます。


そのあいだにさし水を運び、髪をカットしたり、ヒゲを剃ったりします。


浴槽に3人がかりで患者を浸し、静かにていねいに、そして手早く洗います。


患者の顔色と息づかいにたえず注意しながら入浴をすすめるあいだは真剣そのものです。